あるミュージシャンが自殺しようとしてたとき、
テレビがつけっぱなしで、そのとき偶然「ガキ使」が流れていて
それが面白かったため、死ぬのをやめた。 ちなみに、そのミュージシャンはハイロウズのヒロトで
そこから「日曜日よりの使者」が生まれた。
芸人にまつわるちょっといい話@お笑い芸人板 - 日曜日よりの使者
こんな話があったのか。
(via mitaimon) Via みたいもん!クリッパーツイッター関連書籍の中で、とあるツイッターユーザー(フリーランスで仕事をしている人)がいかにして活用しているかが記述されていたが、実際にその人と会議をしたことのある会社員によると「会議中、ロクに話も聞かず、会議の様子をつぶやいている。呆れてしまったけど、書籍の中では『すごい人』として描かれていて違和感を覚えた」という。
– ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 ☆☆☆ - 琥珀色の戯言 (via nyama) (via noboko) (via azazel-kode) (via laft) (via reretlet) (via yamarena) (via ninjatottori) (via tuvuan) (via trinity-chaos) (via ssbt) (via markie) (via bo-rude) (via tiga) (via crossbreed) (via kotoripiyopiyo) Via 小鳥メモメモ西荻から歩きながら大塚くんと、大塚くんと分かれてから、こんどうさんとツイッターについて話す。俺はやりたくないからやらないけれど、やりたい人は自主的に勝手にやればいいんじゃない?ってことで話は終わるかと思いきや、実はそうではない。
たとえば、久しぶりにお互い時間のやりくりをして、やっと会えた友達とごはんを食べに行くとする。オーダーしたものが運ばれてきた。友達は俺との話をさえぎって、写真を撮り、つぶやく。
ほっけなう!
ふざけんな。おまえ俺が目の前にいるのに、さっきからずっとアイフォンいじって何か大事な話してるかと思えば、
ほっけなう!
だと?もう帰るよ俺。家で漫画読んでた方が百倍ましだから、もう帰る。ってことになるよね。当然。
なんかさー、すごい偏見なんだろうけど、目の前にいる人との時間を大事にできない人ほど、なうなう言ってる気がするんだよなー。
まぁそれは良いとして、小説家や漫画家等、物語を転がしてなんぼみたいな人は絶対ツイッターなんかやらない方がいいと思う。そのつぶやきが、今日の仕事をつぶしてしまうからね。ひらめきはギフトなんだよ。そしてそれは1日に何度も訪れるものじゃない。つぶやいたらそこで終わっちゃう。
ツイッターは簡単なモデルですね。あるネットメディアが流行るときには、どのネットメディアが衰退するのかというのと完全に関係していると。例えば昔はニフティサーブというのがあった。僕はその本を書いているんですね。そのときはニフティサーブなどの「パソコン通信」がメジャーであったと。ところが次に、「インターネット」と当時は言ってたんですけど、その「インターネット」の方に流れていった。そうするとどんどんニフティサーブの方は人数が少なくなって、置いていかれる感が出てくる。つまり、古いところは廃れていく分、新しいところは流行ると。
インターネットが流行りだして、これが最終的に行き着いた先は「2ちゃんねる(2ちゃん)」なんですね。で、2ちゃんも一時期、まあ10年くらい前ですかね、すごい流行っていて、そこにはいい情報もあればダメな情報もあった。ただ、それが日本最大の掲示板であり、最大の公共知財というのかな。知を集める場所になっていった。ウィキペディアなんかない時代ですから、そうならざるを得ないんですよ。だから、なんか分かんないことがあると2ちゃんで調べるということが起きた。2ちゃんの情報はなんか怪しいんだけど、2ちゃんにだったらいろいろあるよ、という状態になった。
ところが2ちゃんも、もうあんまり流行っていないみたいですよね。その原因は何かというと簡単で、ミクシィなんですね。これはずっとそうなんですけども、新しいネットメディアが現れて、その敷居がやや高いと、必ずそこには新しい物好きで、知的で、経済的にやや余裕のある人たちが絶対に集まるんですね。さっきのパソコン通信とインターネットの間には、まだそこまではっきりとした法則は現れなかったんですけど、この2ちゃんからミクシィへの移行のときから、はっきりとした法則が現れだした。それは何かって言うと、ミクシィはまず、最初に紹介されないと入れないという障壁の高さ、バリアの高さがある。あと、使いこなすには会費があったほうがいい。この2つの障壁のおかげで、ミクシィのほうは、言い方は悪いんですけれども、より高級な人、ネット世界での高級な人が集まりやすい場所になったんですね。これは今言った、2つの障壁ですね。紹介が必要だったりおカネが必要だったりする。一方で、2ちゃんのほうはいつでも誰でも入れて、誰が発言してもいいと。そうすると、2ちゃんのことが嫌になってる人とか、こういうものにおカネを払ってもいいとか、紹介してくれる人がいるとかいう障壁があると、やや高級な人がミクシィに入るようになっちゃう。そうすると2ちゃんの方からは、いい情報も悪い情報もあるんだけど、それまで2ちゃんを支えてきた、いい情報を発信する5%が丸々抜かれることになる。
(中略)
相変わらず2ちゃんをじーっとよく観察すると、すごくいい情報もあるし、洞察力とか知性にあふれた発言もあるんです。でもその配分があまりにも少なくなってしまったので、もう2ちゃんに書いても仕方がないとみんな思い始めてる。だから2ちゃんねるは、あまり流行らなくなってきた。「それでも、なくならないじゃないか」とよく言われるんですけど、そりゃそうですよ、今の公立中学のような状態で、残るんです。ところがいい人たちはミクシィの方に流れてしまう。
それで、ツイッターが流行った理由っていうのは、今の繰り返しなんですけど、ツイッターのほうがミクシィより障壁が高いから。なぜかっていうと、あれ、どういうものなのかよく分かんないんですね。ミクシィは商業施設だから、最初からマニュアルとか「こうやればいい」っていうまとめサイトが存在したんですけど、ツイッターはそれが存在しない。今、ようやくいろんな雑誌で「ツイッターとは何か」「こうやって参加すればいいんだ」と、楽しみ方っていうのがたくさん紹介されてますけども、少なくとも去年の今頃の段階ではそんなものは1つもなかった。つまり、バリアがあったんですね。
しかも、ツイッターに入ったからといって、あれは誰かがフォローしてくれないと面白くないんです。ミクシィだったら、マイミクの申請とかあるんですけど、ツイッターはそういう申請制度がないもんだから、余計ほったらかしにされると。ということは、「オレなんかが入っても誰もフォローしてくれないから面白くないよ」と思って、みんななかなか入らないんですね。この人脈を作るスキルがあるのかないのかも、やっぱり大きなバリアとなっている。だからミクシィみたいにおカネのバリアじゃなくて、対人能力、コミュニケーション能力自体とか、自分の情報発信能力があるのかどうかがフォロワー数を決めるので、大変入りにくいものになっている。その結果、ミクシィから面白い人たちがごっそり抜かれ、これが今のミクシィが流行らなくなってきた原因ですね。
(中略)
これの繰り返しなんです。ネットにおいては、面白くて、注目されてて、評判が高かったり評価されている人、まあ「評価経済」「注目経済」っていういい方もできるんですけど、そういうポイントを持っている人というか、資産といってもいいですね。そういう資産を持っている人がどこに流れるかで次の中心が決まり、そしてそういう人たちがごっそり抜かれることで前のメディアがいたたまれないほどさびれていく。
(中略)
「この人は面白いかな」って思ってフォローしていっても、次第にその人の元情報が面白いと思えるようになる。そうすると最後には、何人かの特定のハブの人にみんな集中するようになる。つまり一部のハブの人たちが数万人とか10万人を超えるフォロワーを生んで、残りの人たちはそれを結局読むだけになってくる。この構造がどんどんはっきりしてきて、次に、「どうでもいいような情報は発信しない」って人がどんどん増えてくる。つまりつぶやく人と、聞くだけの人の比率が1:10を超えるようになってくると、どんどんツイッターはつまらない場所になってきて、フェイスブックに行く。まあ、フェイスブックになるのかどうか僕は分からないんですけども、より障壁が高くて、新しくて、いろいろ人が集まりやすい場所ですね。それはUstreamかも分からないです。それらに行くようになってくると、ツイッターはさびれるでしょう。
–【ウェブ限定FREE記事】岡田斗司夫インタビュー - Powered by Google ドキュメント
via 週刊ダイヤモンド3月13日号 『FREE』特集のフリー素材集 | 週刊ダイヤモンド『FREE』特集フリー素材集 | ダイヤモンド・オンライン
(via syoichi) Via Syoichi's Tumblr企業や同人サークルがニコニコに自前で動画アップすると「宣伝乙」て言われるよね。転載だとこないだの星間飛行のジャズ演奏みたくすごく伸びるのに。なんか残念
– Twitter / ぺま (via katoyuu) Via 断絶タンブラー■既存のゲーム会社はなぜ出遅れるのか
既存のゲーム会社の開発者から話を聞くと、家庭用ゲーム機からソーシャルゲームへというパラダイムの変化に対応するのは相当困難だろうと判断せざるを得ない。それはゲーム会社の経営体質や事業構造、人材まですべてが既存のパッケージ市場に最適化されていて、転換が容易でないためである。
例えば、次のようなケースがある。ある大手ゲーム開発会社で、ユーザー参加型のソーシャルゲームの企画案を経営会議に提出した。そこで出た質問は「それは何万本売れるのか?」「利益予想はどれくらいか?」というパッケージの発想そのものだった。
しかし、困ったことにソーシャルゲームの場合は、それが予測できない。そもそも存在しない市場を予見するのは不可能であり、机上の計算は無意味だ。パッケージゲームには過去の経験則やマーケティングデータがたっぷりあり企画書に数字は不可欠だが、ソーシャルゲーム市場では役に立たない。
そのため、プロジェクトを通すにはまず社内を説得することに時間をとらえる。しかし、それに半年もかかるようではソーシャルゲーム市場のスピード感にとても追いつかないだろう。
– 「ソーシャルゲーム」で成功する企業、出遅れる企業 デジタル家電&エンタメ-最新ニュース:IT-PLUS (via syoichi) (via otsune) (via jumitaka) (via katoyuu) Via 断絶タンブラーSNS「Facebook」で人気のゲームアプリ「FarmVille」は、仮想の農場で作物を育てたりして農場ライフを楽しむゲームで、アクティブプレーヤーは3100万人にのぼる。
(中略)
マイクロソフトは、このゲームを楽しんでいる人をFacebookにあるBingコミュニティに招待し、参加者には友だちへのクチコミを推奨する代わりに、農場で使える仮想通貨を数ドル分提供する広告を試験的に行ったところ、24時間で40万人の新規ファンを獲得。このFacebookユーザーの予想を超えた反応の速さには、マイクロソフトも驚きを隠せないようだ。
– マイクロソフトもびっくり、Facebook最強ゲームアプリ「FarmVille」ユーザーの反応の速さと広告効果:MarkeZine(マーケジン) (via syoichi) Via Syoichi's Tumblrそういえば某オフにいったときのカラオケ。
ノートPC占有率はほぼ全員でIRCやSkype、Twitterで連絡を取ってほぼ無言で声を発してる人はほぼ歌ってる人だけだったのには寒気がした。
ああいうのがオタ系のカラオケオフなのか。
自分には向かないからたぶんいかない。
飲み会でしゃべっていたのもなんか一方的だったような気もするのでもしかしたらネットでの付き合いはネットでだけっていうほうが幸せなのかもしれない。
そりゃあ、リアルって言葉にいちゃもん付けたがるわけだ。
中の人もネットと同じに振舞うからリアルなわけだし。
答えは明らかにイエスなのだ。フランク・ロイド・ライトが最高の仕事をしたのは70の時だ。アルフレッド・ヒッチコックが軌道に乗り始めたのは60近くになってからだ。ベートーベンが第九を作ったのは? 50代だ。
–天才になるのに遅すぎるということはない (via gkojax) (via gkojaxlabo)
黒澤明は70過ぎてから傑作連発。
(via mitaimon)
人生まだまだ
(via tnoma) (via tmrrwnystrdy) (via nemoi) (via kondot) (via ssbt) (via konishiroku) (via hayami) (via zono) (via yaruo) (via ipodstyle)
(via kotoripiyopiyo) Via 小鳥メモメモ